四万十、急に秋めいてきました2010年10月06日

 四万十は、この夏の猛暑が嘘のように急に秋めいてきました。朝なんぞ寒いです。ここのところバイクで通勤してますが、体が冷え切ってしまいます。
秋めいてきました
こうしてみると、近所の川も何となく秋らしい感じです。

しかしそこはそれ、秋の味覚という楽しみが待っています。
秋の味覚
ズガニを肴に日本酒。
この酒は、妻の幼なじみのKちゃん(昨年この酒の杜氏のところに嫁にいった)が送ってくれました。ちょっとシャンパンみたいな酒です。

白玉の 歯にしみわたる 秋の夜の 酒はしずかに 飲むべかりけり

賑やかな我が家の食卓ではなかなか牧水にはなれませんが、しみじみと
 「 あぁ、秋だなぁ。 」
と思います。

コメント

_ 菜の花兄ちゃん ― 2010年10月07日 22時20分

歯にしみわたる・・・知覚過敏症かな?
冗談はさておき、「白玉の」は枕詞。この場合「歯」にかかっているように思うのですが、「歯」の枕詞とも思えないし・・・
先生、どうなんでしょうね?
今もパソコンの前で、ひとり静かにやっております。

_ kawatarou ― 2010年10月07日 23時19分

菜の花兄ちゃん、今晩は。難しいことをおっしゃいますね。さてはかなり歯にしみわたらせてますね?私は先生ではないのでよく分かりませんが、「白玉の」が枕詞として使われる場合、「緒(お)」と同音を含む語にかかったと記憶します。「白玉の姨捨山」とか、「白玉の緒絶えの橋」とかです。この歌の場合、枕詞ではなく「白玉のような」と、暗喩で使っているんでしょう。ただ、牧水のことはよく知りませんが、その白玉に「真珠」の意味と同時に、秋のものである「露」の含みを持たせているような気がしてなりません。もちろん、

 白玉か 何ぞと人の問ひし時 露と答へて 消えなましものを

を踏まえてのことです。「白玉の歯にしみわたる」に秋の夜の澄み渡った感じを受けるのはこのためだと思いますが、いかがでしょうか。

_ 菜の花兄ちゃん ― 2010年10月08日 20時18分

白玉は、やはり露にかけたい。イメージもぴったりでいい。
白玉と聞くだけで露の頃すなわち秋を彷彿とさせるに足ります。
いくら「お」でも、姨捨山に白玉はいただけない。私的感情で図ってはダメですね。
 白露を こぼさぬ萩の うねりかな
露は夏でも春でも下りますが、白露となると秋のイメージ。
そのあたりから白玉の露となれば、もう秋本番です。
私は歯よりも胃袋に沁みわたっております。最後は脳に沁みます。
あまり難しく考えずに、作者の心に触れて楽しむことにします。
どうも・・・

_ kawatarou ― 2010年10月08日 21時59分

菜の花兄ちゃん今晩は。なんか変だと思ったら、「しみとほる」でしたね。やっぱいかんですね。知覚過敏、知力土瓶でした。いやはやお恥ずかしい。
染み渡らせすぎていたのは私の方でした。やっぱり牧水にはなれませんね。じゃあ、今夜は山頭火で・・・。

 酔うて こおろぎと 寝ていたよ

 酔うて こうえんで 寝ていたよ

公園と講演を掛けました。やっぱダメですね。お粗末様。

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